映画「サンローラン」について

2014年制作されたベルトラン・ボネロ監督のこの映画は日本ではつい先ごろ公開されました。
映画「イヴ・サンローラン」との比較の意味で忙しい合間を縫って観に行きました。
結果は、去年観た「パガニーニ」と匹敵する位、最低最悪の映画でした!

舞台を、既に名声を不動のものとした陰で酒やドラッグ、倒錯の愛に溺れ、地獄をのた打ち回った10年間に限定し、彼の知られざる私生活を浮き彫りにしています。
多分、きれいごとではなく彼やその周囲の人物もかなりリアルに描いているのかも知れません。
けれど観終わった後、なんとも後味の悪い思いだけが残りました。

カール・ラガーフェルドの恋人だったジャックとドラッグを摂取しながら濃密な愛欲に耽るなか、床に散乱したクスリを食べたサンローランの愛犬ムジークがクスリの過剰摂取で痙攣し、死ぬ(実際には死ぬ場面はありませんが)様子だけがいつまでも頭にこびり付き、本当にイヤなもの観てしまった!と。
晩年を演じたヘルムート・バーガー(巨匠ヴィスコンテイーに愛された俳優)も完全なるミスキャストでした。
映画「イヴ・サンローラン」との決定的な差は、サンローランに対するオマージュが全く感じられないという点に尽きます。
これはモードを愛する人が作った映画ではないのです!

もっと言えば、世間が「天才」と呼ぶ人種、本人の意思とは無関係に創造の神に選ばれてしまったひとがその才能と引き換えに与えられるどうしようもない孤独、誰にも埋められない存在そのものの孤独を少しでも理解しようとする愛が欠けているのです。

有名人のスキャンダラスな生活を浮き彫りにしたところで何になるのでしょうか?そんなものを喜ぶのは愚劣極まりないと怒りすら覚えます。
天才たちがその作品やパフォーマンスで生み出す傑作のなかに、血を吐くような孤独の苦しみを感じ取り、そこに涙しながら何とか受け止めようと共に心を痛めるのが天才ではない人の役割なのではないかと思います。
サンローランの永遠のパートナー、ピエール・ベルジェはまさにそうした人だと思います。そしてそんな彼の心の襞が実に見事に描かれていたのが映画「イヴ・サンローラン」なのです。